江角マキコさんの主演映画デビュー作となった『幻の光』のロケ地、石川県輪島市の鵜入(うにゅう)町へ真冬に行ってみました。
輪島市から西の猿山崎の方へ5kmほど行くと、県道下の海岸にひっそりとへばり付くように佇む小さな漁港町です。
吹き荒れる寒風で三角波が立つ日本海の水平線に、七つ島の岩礁達が亡霊のように突き出す様は、鉛色の曇り空と相俟って心寂しくも悲しい感じです。
再婚したヒロイン『ゆみ子』の住まう地に鵜入のロケーションが選ばれたのも分かる気がしました。
『幻の光』は1979年に発行された同名の小説を映像化した1995年の映画です。
幼馴染と結婚して息子が誕生した3ヶ月後に、ゆみ子の夫は自殺してしまいます。
遺書は無く、思い当たるような悩む節も無い、全く動機が分からない夫の突然の死で、乳呑み児を抱えたゆみ子の精神は暗鬱のドン底に沈みます。
そんな茫然とするモヌケの殻のようなゆみ子は、知人の世話で再婚します。
その再婚に因って嫁いで来た町が、冬の鵜入でした。
新しい生活に慣れ、落ち着きと安らぎを感じ始めたころ、亡き前夫の幻を一瞬の光の中に見て、語り掛けの独り言を繰り返すゆみ子が、新夫の言葉で自分が背負う不幸を知るという、救われない喪失感や寂しさに、後ろ向きにしか生きられない女性を一人称で詩的に描いた作品でした。
ヴェネチア国際映画祭でゴールドオゼッラ賞を受賞していますが、輪島でも、鵜入でも『幻の光』のロケ地を示すような観光案内は有りません。
再婚後に暮らすロケに使われた家屋は、夏場に民宿を営む設定でした。
テトラポットに砕き散り泡立つ荒波も、防波堤内の入り江では漣が立つだけの穏やかさで、ゴーゴーと鳴り響く寄せ波の音も、鵜入の船揚げ浜では小さく聞こえていました。
人は元気が無くなると……、遣る気の精を失うと……、良くない事ばかり思案する鬱になると……、スカッと晴れやかになれる場面でも、後ろ向きのマイナス思考に沈み続けて仕舞うと……、「人生を已めてもいいかも」とか、「生きるのを已めよう」とか、思ってしまう。
不運続きでなくても、絶望のドン底に落とされなくても、楽しくて喜びに満ちた幸せの絶頂で、ふと、閃くように、そう思ってしまう時も有る。
不幸を呪う自責や眠れなくなるくらいの不安に絶望していなくても、喪失の予感や不安が過ぎるだけで、「もういいか」とか、「ここまでで」とか、「ちゃらにして」とか、考えてしまう。
鬱陶しい、虚しい、寂しい、悲しい、苦しい、を繰り返す心と身体は、熱の無い渇いた砂漠か、茫漠とした冬の海原か、澱んで濁る水の底深くか、夜の闇に閉ざされる寸前の黄昏の終わりか、そんな迫り来る絶望に抗えなくて砕けそうになっているみたいだ。
ただ穏やかでいたいだけなのに、内なる不安の障壁と外からの中傷や障害が生きる事を諦めさせて行く。
全ての元気が無くなる前に自分で防波堤を築く事ができれば……、誰かに防波堤を造って貰えて、元気になるまで大切に守ってくれるなら……、いつかは生きていて良かったと気付けるかも知れない。
静かに波が寄せる鵜入の船揚げ場の緩やかな斜面の端に立ち、防波堤の港口で散らされる冬の日本海の荒波を見ながら、そんな事を考えていた遠い時を思い出していた。
今、穏やかさから荒海へと打って出て行き、また帰って来られる鵜入の港の様な場所を、しっかりと守る防波堤が築けているのだろうか?
私は、大切な人を守れる防波堤になれているだろうか?