『何かがある』、『何かをする』、そんな予感を度々感じます。
それは、何かに呼ばれているような気配や、何かが起きたり、現れたりするような予感で、結果は、レスキューをするか、道標モドキになるかの、ちょっとした自己犠牲を強いられるような事ばかりです。
これは、2012年1月28日に関西国際空港の出国管理ゲートで、体験した出来事です。
その日は春節(中国正月)休暇の終わり頃で、中国へ戻る大勢の人や海外へ渡航する人達が、イミグレーションのフルオープーンした十人の係官のカウンターへ長い列を成していました。
手荷物と身体の検査を終えてイミグレーションエリアへ向かうエスカレーターを降りながら、各列の長さと並ぶ外国人らしき人数を数え、そして、短くて外国人が少ない列を定めると足早に真っ直ぐに向かいます。
その最後尾へ並ぼうとした直前で、脇から少年が駆けて来て素早く四人連れの家族に先へ並ばれてしまう。
一気に四人も増えてしまったので、そこは遠慮して違う列を探します。
その時、『此処に並ぶな、という事なのか?』と、そんな思いがして、『何かが有るのか?』、『何かをさせるのか?』、そんな予感をはっきりと感じました。
『でも、この列じゃない!』、『だけど、此処で何かがある……』。
次々に降りて来る出国者に遅れまじと、二列隣りの大柄な外国
人が多くて列は長そうに見えるけれど、並ぶ人数が少ない方へ動くと、あと二歩ばかりのところで二人連れのプロレスラーみたいのに並ばれてしまった。
目の前の壁で塞いだような二人を見て、『此処とも、違うのか』と考えてしまう。
これだけ外国人が多いと、他の列より二、三人少なくても、それは気分的な慰めで、これまでの経験上、同じくらいの所要時間になる。
まして二人も増えたから絶対に遅い!
まだ時間に余裕が有って別に急ぐわけでもないのだけれど、二度も思惑が外れて面白くないのとオラクルを感じた所為で、再び列を変えてみようと思い、一番左端の列に並びました。
他の列と同じくらいの人数が並んでいる其の列は、私の前に車椅子に乗った年配の女性と、その介護の娘さんだと思われる私と同年輩ぐらい人がいて、十五、六人が並んでいます。
車椅子が前後の距離を稼いで列の人数が同じほどなのに、見た目が他の列より長くなっているからなのか、今度は誰にも先を越される事も無く列の最後尾に並べてホッと安堵の溜め息が出てしまう。
列の遅い進みに合わせて歩む私は、『こんな事なら、最初の列に我慢して並べば、良かったな』と、自分の行動の無意味さを恥ずかしく感じながらも、『でも、何かがある予感がしていたし……、この列なのだろうか?』と、並んだ列の前後と辺りを見回しながら、そう思っていました。
列が二、三人分進んだ頃に、三つ向こうの列の女性係官が仕切りの中で出国者のパスポートをチェックしながら、チラチラとこちらを見ているのに気付いたのです。
私と視線が合った係官は出国スタンプを打ち終えると、次の出国者がカウンターへ近寄ってパスポートを差し出す前に立ち上がり、開いた右手の掌を口に沿わせて、私に向かって大声で言いました。
しかし、何かを説明するように大声で話している言葉は、幾つもの列に並ぶ大勢の人達のざわめきが篭るように反響しているのと、少し遠い距離に、女性の声のトーン細さで、全然聞き取れません。
そして、立ち上がった女性係官の左手は真横に伸ばされて、その人差し指はイミグレーションルームの右端を指し示しています。
出国カウンター近くの幾人かは、立ち上がった係官を注視しているけれど、その行動の意味するところを分かっていない様子で、私の周りの人達は誰も係官のジェスチャーに気付いてさえいないです。
この時、私は彼女の言わんとする事を理解して、この列に並ばされた意味を知りました。
直ぐに私は、目の前に立つ介護の女性の肩に触れて、振り返る彼女に告げました。
『ここは、車椅子が通れないです。右の壁沿いに専用窓口が有って、広くなっているようです。ほら、あそこの係官が教えてくれていますよ』
娘さんと思しき女性は、私の言葉を聞いて立ち上がってこちらを見ながら右側を指し示す係官を見て、それから車椅子が通れる専用カウンターの方を一瞥すると、車椅子の背凭れ越しに屈んで母親へ説明する。
女性係官は頷く私を見て、意思が伝わった事を知ると御辞儀をしてから座り、一時停滞していた業務を再開した。
『ありがとうございます』と言って頭を下げ、右端の専用通路へ向かう車椅子の親子連れを見ながら、一緒に付き添いのフリをして通過できたかもと、セコい事を思ってしまう自分を浅ましく思う。
私にとって、立ち上がった係官のジェスチャーを理解して、その意思を直前に並ぶ親子に伝えた事が重要ではなくて、降りて来る予感の察しと、なすべき行いが親切で済んだ事に有ります。
それまでに、横転して煙が上がる車からドライバーを救い出したり、土手の火事や建物の小火を消したり、悪戯心を退けて人身事故を回避したり、などが有って、『危ない』を自覚するより先に身体が動いていました。
いつか、それがデンジャラスに満ちて、非常にクライシスで、絶望的な状態・状況を回避する役目に導かれるかも知れないと、心配しています。
『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前』、『闘う者達よ、皆、我の前に陣を敷き、我を災厄から守りたまえ』
その時も、印を契って最悪から逃れ得るだろうか?
尚、イミグレーション(入出国管理)エリアは撮影が禁止なので、写真は有りません。