遥乃陽 diary

日々のモノトニィとバラエティ

世の中は感動と憂いに満ちている。シックスセンスが欲しい!

炭火焼肉 とく マルチョウ(牛の小腸)が旨い!(京都市のバス停『三哲』の直ぐ近く)

マルチョウの味は10年ほど前に、店前のホルモンの看板に惹かれて訪れた『とく』で、オーダーしたホルモンミックスで知りました。

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其の頃は、七条通りの七条西洞院と七条油小路の中間辺り、大正初期の石造り洋館を使ったパブの斜め向かいに在る営業所で1月余り勤務をしていて、堀川塩小路のホテルからの通勤の行き帰りに視界に入るホルモンの白地に黒文字が気になっていました。

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出勤時は堀川や油小路を上がり、帰りは西洞院通りのスーパーやコンビニで晩飯を買ってしまうのと、一人で一見さんには敷居の高そうな京都のプレッシャーも有って、なかなか入るのを躊躇していましたが、 大好きなホルモンの誘惑には勝てず、静々と訪れてホルモンミックスを注文したのです。

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通されたのは狭いスペースのカウンター席。

防火板を立て掛け、デデーンと炭火の火花が迸る七輪を置かれて、その脇へお冷とお絞りを除け、手前にタレと御飯を並べれば、後は注文した一皿の肉と生ビールのジョッキでいっぱいになってしまう、その窮屈さ!

だけど、この狭い御一人様スペースでチマチマと豪快に焼いて食べるのは、堪らなく自分専用の特別感を持たせてくれて、食べ始めると、全く気にならなくなるのでした。

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ホルモンミックスは焼きタレが付いた三種類のホルモンで、その中の一つが網の上で炙られると直ぐに油を滴らせて、豪快に燃え上がりましたが、それを更に転がして燃やします。

炎を上げて燃えても焦げ目は余り付かないソレは、焼き加減が分からないまま、編みの上を転がして炙り、頃合を見て、燃える油の火を直前で吹き消して、火傷しそうな熱いのをパクつくと、それまで知らなかった旨味が噛む度に口の中へ何度も、何度も広がるのです。

これが、マルチョウとの初めて出会いでした。

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また、燻るマルチョウの消火と程々の冷却を兼ねて沈める胡麻油ダレと熟成ダレは、何処か懐かしい味わいの美味しさで、白御飯の掻き込みを加速してくれます。

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京都出張は終わりましたが、以後、京都へ行く度に晩飯は『とく』でマルチョウ二つと飯大盛りを注文するのでした。

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だが、しかし、京都三哲の地縛に化かされたのか、三哲の辻に棲まう魑魅魍魎に気に入られたのか、其の後、訪れる度に、ほんの2、30m手前の塩小路西洞院の交差点から迷い、近くの路地を何度も行き来した挙句、漸く『とく』に辿り着くのでした。

『あっ、また曲がったあ。そっちじゃないでしょ!』

妻を連れて三度目も、迷いそうになって窘められた。

一人で訪れていた時も、毎回迷っていて、真っ直ぐに来れた事は一度も無かった。

帰りは迷わないのに不思議な事だと、毎回思う。

一度目は七条通りまで出て、堀川の大通りと油小路を廻ってから、『こんなに遠いのぉ』と嫌味を言われて、やっと辿り着いた。

二度目は妻に『こっちだっけぇ?』と不審がられながら、七条通りまで行って油小路で戻って来たら着けた。

三度目は妻の記憶の御蔭で、七条通り行きは未然に防がれた。

『今日は、曲がらずに来たね』

妻と来た四度目、漸く呪いから解かれたようだ。

知らず知らずと狭間を覗いたり、陰陽の印に触れていたのだろうか?

それとも、近くに猩猩や天狗や妖狐を祀る神社でも在るのだろうか?

京都も、金沢も、不思議な街で、似たような事を時々、体験している。

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因みに妻は、殆どホルモン系は食べなくて、焼き上がったマルチョウを一切れだけ口に放り込んだ後は、いつも自分用にオーダーした和牛特上カルビとキムチ三種を食べてます。

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マルチョウは牛の小腸です。

大腸と比べて小腸は薄い厚みですが、脂がよくのっていて旨味が有ります。

炙られて滴る脂は、炭火の熱で焼き網の上が大火事模様になり、高く上がる炎と立ち込める油煙に気持ちが少し引けて仕舞いますが、焼き網の熱を冷ます氷を置いて炎と気持ちを静めながら、炭火に甚振られるマルチョウの焼き上がり具合を確かめつつ、美味しくパクつきます。

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名前の由来は小腸を丸い筒状のまま、ぶつ切りにして焼くのでマルチョウと呼ばれ、丸腸とも書きます。

脂の甘味は濃厚で肉厚は薄く、ホルモン系としては軟らかくて食べ易いです。

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場所:

京都駅北口の大通りを左手の西方向へ進み、突き当たりのT字路の手前の道路右側 京都駅中央口から約300m(塩小路西洞院の交差点の西側北面) バスで向かうなら京都駅前から一つ目のバス停『三哲』で下車

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この『三哲』の地名は、バスの停留所の名前にしか現在は公共的に使われていませんが、そのバス停が在る塩小路通りの以前の名称は三哲通りでした。
徳川幕府から初代天文方に任じられた渋川春海は、中国から伝わり、中国との経度の差、太陽の近地点の変化などで江戸時代初めまで八百年の長きに渡って用いられて来た宣明暦法の暦が、天象と記載のズレが大きくなった為に、新たに日本の位置に適した補正を加えた大和暦を作成した、京都四条室町生まれの社交的で人脈豊かな天文暦と神道の学者です。
大和歴は貞享2年(1685)から 「貞享暦」として江戸幕府に採用され、太陽暦に替わる明治6年まで、日本全国の季節の行事や事柄の基準として広く用いられました。
この渋川春海は天文方に成る前、碁所の碁方を任じられていた安井家の長男の囲碁棋士で、名は父と同じ安井算哲でした。
天文方の渋川春海と碁方の安井算哲は同じ人物です。
その算哲の屋敷の在った場所が梅小路堀川で、現在の三哲のバス停辺り。
梅小路通りは三哲通りと呼ばれる前の名称。
京都東西通り歌の歌詞に、『ろくじょう、さんてつ、しちじょう』と唄われます。
そして、屋敷付近に住まう庶民達は、『さんてつ』の発音から『算哲』の漢字名をイメージせずに、分かり易い『三哲』の漢字を当てたのでした。

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PS:

この牛の小腸のホルモンは娘が嫁いだ福岡市の肉屋で、『とく』の皿に盛られて供される姿形そのままに量り売りされていました。

もちろん『とく』のように、焼きダレに浸けられていませんが、娘夫婦宅で焼肉タレの味付けをしてフライパンで焼いて食べると、期待通りにハズレ無く、美味です。

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ですが、激しく炎を上げて炙り焼くハラワタを貪り食う悪魔の気分は、『とく』でしか味わえないと思うのでした。

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