遥乃陽 diary

日々のモノトニィとバラエティ 『遥乃陽 diary』の他に『遥乃陽 blog 』と『遥乃陽 novels 』も有ります

世の中は感動と憂いに満ちている。シックスセンスが欲しい!

煉獄の空を飛び、地獄の上空を抜け、白雲に到る

2026年3月末日、中国大陸南華地域の天候は雨。

下層の乱層雲と上層の高積雲の上には、薄い紫を帯びた青色の成層圏が宇宙まで果てしなく広がっている。

高度1万mの高空を翔(かけ)る航空機の下には、寝潰(ねつぶ)した敷布団(しきぶとん)から取り出した棉(わた)の様な雲が視界の果てまで広がり、

ゆっくり過ぎるほど遅く明日(あす)へと沈む太陽が目指す西方の端に衰(おとろ)えを感じさせずに輝いている。

目的地に近付くに連れて航空機は徐々に高度を下げて行き、痘痕面の雲の平原に触れるくらいに迫る頃に、眩い斜陽は漸(ようや)く雲のホライゾンを溶鉱炉(ようこうろ)の融(と)けた鉄の様に白熱の赤色に輝(かがや)き、蕩(とろ)けて行く太陽は最後の一点になっても、まるで『希望を失うな!』と励(はげ)ます様に鋭(するど)い輝きを失わない。

高空の雲の層を潜(くぐ)って下層の間へ出ると、其処は紅い夕陽に暗く照らされる雨雲の千切(ちぎ)れ浮かぶ煉獄(れんごく)の世界だった。

暗い紅色(あかいろ)に染まる千切れ雲の列、潜って来た上層の雲は何時(いつ)の間にか流れて行き、被さる様な夜の帳(とばり)の降りて来た群青色(ぐんじょういろ)の成層圏が見えた。

更に煉獄の世界から、夜の闇(やみ)に包まれ始めた下層の暗い雲の下へと降りて闇の中へ入ると、眼下に見えたのは、広がる地表に亡者の魂が光点となって列を成す漆黒(しっこく)の地獄だった。

赤い光点は極刑(きょっけい)の罪人の魂(たましい)、橙色、黄色、白色と現世(うつしよ)で犯した罪が軽いほど、色は薄くなり、負(お)う罪が浄化(じょうか)されて透明になると輪廻転生(りんねてんせい)へと向かう。

地獄の暗黒の中で裁きを執行(しっこう)する赤鬼と青鬼に追い立てられながら列を成す魂は、罪の重さで途中に幾つも有る地獄を巡(めぐ)らされる。

極刑の魂は何万回も殺されるのを体現して恐(おそ)れ戦(おのの)き、逃れたい葛藤(かっとう)の苦しみを蓄積される。

盗(ぬす)みの罪は何千回も奪(うば)われる喪失感(そうしつかん)と後悔(こうかい)と無力さを体現させられて、其の苦しみを蓄積しなければ浄化に至(いた)らない。

どんなに罪が軽くても無罪放免(むざいほうめん)は無く、必ず地獄を一巡しなければ魂は浄化されない。

地獄に時間は存在せず、果てしなく苦悶と慟哭を知らされて浄化する永遠の世界だ。

人は死ぬと必ず鬼門(きもん)に入り、地獄で浄化される。

故(ゆえ)に人は死を恐れる。

地獄の果てでは、浄化される魂の奔流(ほんりゅう)が近くに迫り、其の太い流れの彼方(かなた)には、生きている世界の白雲が光っていた。

田宮模型での青春と田宮俊作会長(1970年代後半)

 初めてタミヤの製品に触れたのは、小学5年生の時のロンメル戦車で、戦闘室の上面から砲弾モドキを装弾して、スプリングでアルミ製の砲身から射出するのがお気に入りの逸品でした。

 次にタミヤを意識したのは、愛読していた月刊『丸』の裏表紙に掲載された戦車模型の車体上部の写真で、其のリアルさと緻密な造形と写真のデザイン性から強く興味を持たされて、発売を心待ちにしました。

 発売されたのは1/35のキングタイガー重戦車で、それは戦車模型の子供好みのモーターライズ(motorize/動詞/機械化する)での走行をしない、持ち上げた時の重量感も無い、当時の常識を逸脱する大人のホビーで、静の中に動を表現するディスプレイ用のモデルでした。

 モールドの緻密なリアルさに魅了されると共に、背景無しの白地に迫力の有る角度からキングタイガー戦車を描いた箱絵は美術絵画の様に美しく、其の前面装甲板の右上の隅では、武装親衛隊第22師団『マリア・テレサ』の白い矢車菊のシンボルマークが鮮やかで目を惹かれ、其の素晴らしさに感動していました。

(それは中学1年生から2年生の頃でした)

 其の頃はレベル社のスケール・アビエーションとヒンチリフ社やヒストレックス社やエアーフィックス社の54㎜(1/32)、75㎜(1/24)、90㎜(1/18)などのナポレオニックウォーのフィギュア達ばかりを集めていました。

 他にも、3Dウォーゲーム用のGHQ社のホワイトメタル製1/285マイクロアーマーシリーズの収集にスペインやイタリアのメーカー製の木製帆船模型などが有りました。

(それらは、今でも手付かずで残っています)

 其処へチェスの駒のようではない静の中に動を感じさせるタミヤの1/35のミリタリーミニチュアシリーズの登場です。

 忽ち魅了されて発売される度に購入して塗装しながら組み立てていました。

 更に『タミヤニュース』の存在を知りました。

 そして1970年6月(昭和45年)『パチッ特集号/現 パチッコンテスト』が始まり、金賞を獲得した『カンプクルップジーベン』の作品に感激して、当時のジオラマ製作の目標になりました。

 1973年(昭和48年)第1回人形改造コンテストに作品を製作して応募しました。

 ソビエト映画の『戦争と平和』からロシアの宮廷でロストフ伯爵家の長女ナターシャとボルコンスキィ公爵家の当主アンドレイのワルツを舞う二人の姿を『永遠の昨日』という作品名で、其の写真と共に送りましたが入賞できませんでした。

(作品の『永遠の昨日』は、応募条件の規定で返送されませんでした。高校3年生の時です)

 小学生の時から老人になってもモノ造りに携わっていたいと考えていて、モノ造りの思考と手法に興味を抱いていた田宮模型に、工業高校機械科の3年生の初秋に入社を希望する手紙を送りました。

 返信は直ぐに来て、時雨降る晩秋の11月に恩田原の田宮模型社屋へ出向いて入社試験を受けました。

 結果は合格で、愛でたく田宮模型の社員に成れましたが、芳しくなかった成績の所為なのか、金型部修理班勤務の辞令を拝領致しました。

(だが、修理班勤務が金型構造、射出成形技術、成形材料の種類と特性、機械加工、ガス溶接に焼入れ手法、事故時の対処法に安全管理の重要性、工具使いと測定手法、そして人間関係などの一連を親方と先輩達から教わり、外注の成形工場周りから就労状況を知り、時々関係する新製品の試作での開発手順と金型設計を学ぶ事ができ、今日の職務、成形技術顧問の礎と成りました。因みに親方は香港攻略戦で太腿に銃創を受けて内地で療養中に終戦を迎えた陸軍静岡連隊の工兵隊の伍長だった方で、先輩は有限会社プラッツの代表になっていた御方です。親方の銃創痕は大きく凹んでいて、細かく砕けた弾頭の破片が黒い粒となって幾つも残っていました)

 修理班での私が作業台して使っていたのは、既に販売を止めていて金型類を廃棄する『ロンメル戦車』の上部車体部分の可動側型板でした。

 自分で金型から個別にした型板の突き出しピンなどを埋め、研磨加工で平面にして定盤代わりにしていました。

 ベリリウム合金製の車体上部面コアの入っていた固定側の型板は、厚みが薄くて剛性不足だったので使えませんでした。

 お気に入りだった『ロンメル戦車』の可動側型板が自分の作業定盤となって使うなんて、因果を感じていました。

(モーターライズで走行し、スプリングのリコイルでアルミ製砲身からマガジンラックに装填したプラ製弾丸を手動で連射する……。あのギミックが大好きで、金型の廃棄に自分が関わって、未来永劫の絶版になるのは、とても残念でしたねぇー。まあ、パンサー戦車は既に廃型になっていましたし……。)

 私が田宮模型に在籍中の社長は田宮文若氏で、田宮俊作氏は常務で、私の入社した時の俊作氏の年齢は39歳でした。

 常務の父親の田宮義雄氏は田宮商事の社長であり、田宮グループの会長でした。

当時の社員ピンバッジです。

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 新入社員の実習では田宮模型と田宮商事の多様な業務を各1週間単位で経験して、田宮のロゴ入りデザインの鉛筆やノートなどが使われている事を知りました。

 初年度は、実習で繰り返す単純作業が辛くて、実習レポートに『辛くて、疲れて、死にそうだ!』と書いたところ、新人教育の多分20代半ばの担当者から『君は、此の実習内容で本当に死ぬのですか?』と問われて赤っ恥を掻き、『ほんと、死ぬ筈ないだろう』と、大いに反省しました。

 デザイン室での実習では楽しさを感じるフィギュアの塗装が有りましたが、それはショーウインドウの展示サンプルで、試しに1体だけにウェザリング塗装をしたところ、残念ながらウェザリングやシャドーへの理解が得られませんでした。

(リアルなパッケージ画を高荷義之氏や常務の弟さんの田宮督夫氏が描いていて、デザイン室の部員達を指導していたのに理解されないのは不思議な事でした)

 不思議と言えば、フィギュアは最初に1/6サイズの原型を彫刻家が製作して、それをシリコンゴムと硬質石膏で型取りしてからドイツ製の立体彫刻機で金型コアへ縮小彫り込むのですが、フィギュアの出来栄えは原型次第だったのです。

 なので、彫刻家の作風が現れていて、首を傾げる造形も有ったのでした。

 実習期間を終えると田宮模型から見える常務の邸宅で新入社員の歓迎会が催されて、初めて食べる豪華な料理ばかりに驚くと共に、とても美味しく頂きました。

 大きなテーブル上に並ぶ料理の中でも、ラムと思われる大きな肉塊の蒸し焼きを切り取って食した料理が非常に美味しくて、其の後もそれなりのレストランに訪れた際にメニューを探しましたが、未だに出遭ってはいません。

 ただ、其れまでの18年間の人生で其の様な高級料理を食した事の無かった胃腸は、魔素塗れの異物と認識して仕舞い、激しい嘔吐と下痢で三日間も休む事になりました。

 しかし、幸いな事に其の様な症状は私一人だけでした。

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 就労時の問題で御叱りを受ける時は、フアレディZを愛車にしていて『河童のショウちゃん』の愛称で畏怖されていた工場長で、常務室へ呼ばれる時は御褒めや慰労や新たな辞令を賜る時でした。

 入社して半年も経たずに寮棟から四畳半のアパートへ移りたいと親方に相談したところ、直ぐに其の御大の御二人から呼び出されました。

 理由を問われ、注意点を諭され、アドバイスを受けました。

 其処で言えなかったですが、寮の風呂で『男おいどん』のようにインキンに感染したのが1番の理由で、完治させるまで(10年近く)散々苦労しました。

 引っ越し後は、御大方々から間借りの自炊での一人暮らしを心配する言葉を時々頂いていて、スチャラカ社員だった私は其の度に恐悦至極と感謝していました。

 金型部で2年が過ぎて仕事も覚えて技能と責任感が備わって来た頃に、小鹿通りで妻と巡り合って同棲を始めてからは真面目な勤務態度に成りましたので、御二人の御大から心配される事は無くなりました。

 田宮模型へ入社後は、あれだけ熱中して製作していた田宮模型の製品に殆ど手を付けずに、イタラエリやエレールやヒストレックスの商品ばかりを作っていました。

 そして、より精密な加工と緻密な金型の設計と製作のスキルを極めようと、スチロール系凡用プラスチックからスーパーエンジニアプラスチックの世界へと転職しました。

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 会長になられた田宮俊作氏と最後に御会いしたのは、2020年7月1日の業者向けのコロナ渦明けのタミヤフェアで、タミヤの本社ビル2階のショールームでした。

 田宮模型で同期だった宮城県柴田郡大河原町で模型屋『タートル』を営む渡邊芳光店主に誘われて御会いしました。

 名刺を交換して握手して言葉を交わすと不良社員だった私を想い出されていました。

 若々しい笑顔と肌の色艶と言動、聴力は衰えず、視覚の病も無い健康的な御身体から100歳越えになっても、イベントに御越しになっているのだろうと考えていたのですが、2025年〈令和7年〉7月18日金曜日、90歳で御亡くなりになるとは想像出来ませんでした……、真に残念です。

 18歳の新社会人の私を御指導御鞭撻して頂き、本当に有難う御座いました。

 御逝去の報に接し、心より御悔やみ申し上げます。

 御生前、私の様な不埒な者まで覚えていて下さり、御厚情に感謝申し上げます。

 新たな創造への異世界転生の旅立ちでありますよう、御祈り致します。

 

 遥乃陽(はるかのあきら)

 

PS1:

 模型作りは高齢に成りつつある今も続けています。

 自作の架空戦記(大戦末日の戦いをテーマにした『超重戦車E-100Ⅱマムートの戦い』と『越の国戦記』に登場する架空戦車や架空戦艦や戦場シーンを作っていたり、3Dフィギュアチェスも作ったり、粘土でも創作したりしています)

 こちらは歌手の推し活をする専属の通訳女史へ贈った軽量粘土製のマスコットフィギュアです。

作り掛けのジオラマ作品、フィギュア、航空機も多いです。

 他にもアニメ『花咲くいろは』に登場する『のぞみ札』をレリーフ彫りで着色して湯涌稲荷神社へ奉納しています。

(奉納後の作品は、湯涌温泉の土産物屋で展示されています)

 海外で居住して仕事(日系企業ではなくて台湾企業での技術顧問です)をしていますので、フィギュアや車輌などの日本では入手が困難、或いは高価な海外模型が、通販で安価に購入できています。

 工具や塗料類やジオラマ部材も此方で通販購入しています。

 資料や作例や製作レクチャーはインターネットで調べ放題です。

 通販購入し過ぎて、残りの人生で何処まで手を付けられるか不安になっていますが、魅力的な新作がアップされると、躊躇わずに購入しちゃっています。

 価格が送料込みでも格安なので、稼ぎの全てを妻の日本の口座に送金して、趣味と生活費は此方で発生した経費の精算分で賄っています。

PS2:

 日本国外での生活は、正に異世界生活です。

海外では、ノースキルで無双的に稼ぐ事はできません。

これまでは、考え方×遣る気×能力(学歴・経験)でしたが、AIの活用が進んでいる海外企業では、考え方×遣る気(熱意)×活用力(言葉遣い・文章力・発送力・応用力・一般知識)を備えた人材が重要視されます。

(志の有る方は、参考にして下さい)

 海外の第一線で活躍できるスキル(経験と知識と評価)を備え、それを向上させる意欲を持ち続けるなら、趣味人として楽しい毎日を過ごせます。

スケートボード場(国際規格)を石川県営で金沢市の駅西地区に建設しましょう

2021東京オリンピックに続き2024パリオリンピックでもスケートボードの日本勢は大活躍でした。

活躍したのはアオハルの十代が中心で、しなやかな身体能力、豪胆な精神力、柔軟な思考に因る切れの良い極めて高度な技で世界の頂点に到りました。

この誉を将来へ繋いで行く為には、初心者からメダリストまで使用できる、安心安全の環境を備えた競技場を兼ねた練習場が必要でしょう。

ストリートで練習する悪ぶった井の中の蛙達をオーディエンスに驚愕の溜息を吐かせるアスリートに育て上げましょう。

金沢市の駅西地区に提案する建設する場所を地図に示しました。

二ヶ所の競技場は国際大会を開催できるオリンピック規格です。

更にローラースケートの競技場と練習場も併設したいと考えます。

ローラースケートは近い将来に正式なオリンピック競技になる可能性が有ります。

多数の屋内練習場は年間を通して使用可能な全天候仕様で、商業施設が併設されます。

野外練習場は初心者からメダリストまで、多くのコースに分かれた入門と成長プレイ優先設計。

冬の北風と日本海からの海風を防ぐために四周には三階建て以上の立体駐車場を配置します。

広い青空駐車場も設けて、利用者が全方向から入出できて利用時間を損失させるような停滞が発生しないようにします。

近くには県立の大病院が在り、怪我や病気に即応できます。

石川県警本部も近くに在って、24時間体制で安心安全の治安を確保します。

県警の隣には石川県庁が在り、県営施設の運営と改善を管理します。

また、遠方からの利用者や観客の為に北側の産業調整地域も活用して、宿泊施設を建てなければならないかもです。

多くの国内外の若人と観光客に訪れて貰える国際交流都市『金沢』の魅力を増やしての次世代に繋げる発展と、未来志向の人材を石川県へ招き入れるためにも、世界に誇れる国際スケートボード&ローラースケート競技場の建設を行いましょう。

忍者パルクールの国際競技場もです。

崩落した琴ヶ浜(能登半島)の柱状節理と鳴き砂

石川県輪島市門前町劔地の琴ヶ浜の南端で岬のように突出していた柱状節理は、2024年元旦の地震に因って大崩落してしまい、黒々としたマグマの花咲き状態が失われました。

崩落前、2022年7月7日の柱状節理の有る突出部の状態

しかし、崩落してしまった先端部分に替わって地中に隠れていたマグマの流れ状態の柱状節理が現れていて、崩れて積み重なる柱状節理の欠片と共に見応えの有る状態になっています。

また琴ヶ浜が能登半島外浦全体の一部として隆起しており、渚に没していた柱状節理塊も広くなった砂浜上に見る事ができます。

崩落して広がる破片群を廻って南面側へ行けますが、隆起した荒々しい岩肌と不安定な破片上は転ぶと擦過傷と打撲で予想以上の怪我を負いますので、足許とバランスに十分注意して移動して下さい。

また崩落で積み重なった柱状節理片は非常に崩れ易いので、決して上らないようにして下さい。

ここの柱状節理はマンガンを多く含有する黒色の硬くて重い玄武岩なのですが、崩落した柱状節理片は茶色くて模様があります。

これは、崩落前から罅割れと密着しない層の隙間に雨や塩分が浸透して表面を酸化膜で覆っているからです。

これらの崩落片も風雨と飛沫に削られて、南側崖際に集まる柱状節理片のように黒い状態になっていきます。

琴ヶ浜の売りは鳴き砂です。

以前は、海風で舞い上げられた渚の砂が柱状節理の岩壁に当って落ち、そのフカフカに積もった石英を多く含む砂を踏むと『ギュッ、ギュッ』と鳴いていましたが、近年は大気の汚れも有って、『グッ、グッ』と味気無い音しかしませんでした。


それもコロナ渦中から改善されつつ有ったのですが、この崩落で砂の体積状態がどうなるか予測できません。

しかし隆起で広くなった浜から以前よりも多くの砂が舞い上がるでしょうから、柱状節理周辺の砂の鳴きが期待できるかも知れません。

 

今、そこに在る突然死の交通事故の危機!

前方視界不良の怠惰さと危機感の無さの相乗が一瞬で絶望感に浸らせてくれます。

日常化しているドライバーの悪しき習慣は、それが原因とは気付かずに歩行者を死傷させています。

普段通りに見通しの良い横断歩道を女性はスマホを操作しながら歩いて行きます。

そこへ大通りから左折していた大型ダンプが迫って来ます。

大通りから見えていたはずの女性はピラーの死角にいて、ドライバーには横断歩道に誰もいないと認識されました。

なので曲がる勢いのまま女性に突っ込んで行きます。

曲がり始めから此処まで女性の姿はダッシュボードに隠れて、障害物は何も無いというドライバーの思い込みは揺らぎません。

何の躊躇いも無く、ダンプカーは減速する事無く、スマホに興じながら歩く女性にぶつかります!

突然の衝撃に訳が分からないまま、女性は倒れて行きます。

ダンプカーは倒れた女性は車体前部の下に入りますが、ドライバーは全く気付いていません。

女性を襲うサドンデスの瞬間です!

左の前輪は女性に乗り上げずに無理押しして、動きが鈍った車の違和感に、ドライバーは一旦停止後、路面確認の為の後退をします。

後退するダンプカーの下から現れたのは、身動き一つしない横たった女性でした!

ドライバーはパニくり、大慌てで降りて行きますが、彼女は出血して虫の息です……。

ピラーで遮られる視界の範囲です。

車の方向変更に連動して死角範囲も動いて来ますが、問題にすべきなのは死角に入っている対象物も方向変更した向きへ動いていた死角に入り続けて存在に気付けない事です。

この事故でも大通りで進行方向を確認した時には、既に横断歩行者はピラーの死角にいて、曲がる車のピラーの移動と歩行者の移動速度が合致していた為に、ドライバーは歩行者に気付けませんでした。

ダッシュボードのプレートが直前の視界を狭め、更に、その近くに置かれた物の反射影がフロントウィンドウに映って直前で見えているはずの女性の頭部を隠してしまいます。

そして悲劇は起こりました!

『推して知るべし』や『察し』や『安全・安心運転/快適運転の邪魔』と考えるドライバーは、ダッシュボードの上や視界を妨げる場所に物を置きませんし、貼りません。

横断歩道を渡っていた女性は、不幸にも二重に安全確認を怠り、察しの無い思い込みだらけの怠惰なドライバーに因って悲劇に遭遇してしまいました。

この様にダッシュボードの上に物を置いて、視界を狭めて視界を不鮮明にするドライバーは非常に多く、

フロントウィンドウ越しにドライバーから完全に見えている位置なのに、存在を認識できないまま減速をせずに衝突する事故が多いです。

止めた車の向きの誤認、俯き加減での発進、状況・状態が未確認のままでの走行、これらはドライバーが運転可能と思い込んでいるからです。

そのようなドライバーはペダルの踏み違い危険性も重要だと思わないし、ダッシュボードが艶消しの黒色の理由も知らないでしょう。

ピラーの影に次々と入って衝突して来る電動バイクとスモークウィンドゥ越しの視認不足に因る多重事故

信号待ちをしていた電動バイクの集団が青信号に変わると一斉に発進します。

動きだしたバイク集団の左側から見切り発進した車が右に曲がって来ています。

車の右角がピラーの死角に入っていた左端のバイクに接触!

続いてブレーキを掛ける間も無く二台目が前輪前の車体に衝突!

3台目は車の右角の接触で転倒!

4台目のバイクは車の直前まで来ていますが、黒いスモークウィンドゥ越しの暗い視界の中に真横で転がるバイクや人を認識できていない様子です。

衝突で伝わる衝撃や聞こえる音も理解できていないのか、ブレーキを掛けてはいません。

後に子供を乗せている4台目に衝突!

車の前面で4台目を転倒させながら、損傷した右角は5台目に当たってしまう。

この時点でもブレーキを掛かけていない車は逃走を試みているように見える。

5台目を右側へ転倒させ、更に車の前を通り過ぎようとしていた6台目との衝突も避けられません。

二人乗りの4台目は転倒後にボンネット下へ巻き込まれたように見えますし、1台目の人も下敷きになっているようです。

6台目にも衝突!

転倒した6台目のバイクと人に前進を阻まれ、車体下に巻き込んだ人で傾いた車は漸くブレーキランプを点灯させます。

逃走を断念した車の停止した位置と路上の惨状!

自分に非が有るかもとは思わず、停止への反応が遅い!

ドライバーは取り敢えずハンドル操作で避けようとするから、事故の被害が拡大しまう事に気付かないし、

周りが良く見えていないウィンドゥのスモークは濃過ぎて、ドライバーは自分の過失を見えていない。

ピラーの死角範囲。

自動車メーカーは、この死角を改善して可視化を標準化できないのだろうか?

多数のバイクが信号待ちしているのを視認している筈なのに、曲がり始めてピラーの死角にバイクが入ると、ドライバーの脳は、バイクがいないと認識をリセットしたのだろうか?

見切り発進している車の様子から、青信号になってバイクの列が動き出す前に、バイクの前面を強引に曲がり切ろうとしていたのだろう。

全く自分本位で自己中なドライバーだ!

ピラーの向こうの死角と未確認の怠惰(スマホの頑見や居眠りや脇見と違う重大な事故原因)

現在、モータリージェネレーションが急速に進んでいる中国では、万能ではない車への不理解と交通マナーの不認識から事故が多発しています。

しかし注意すべきは、中国に限った事ではありません。

横断歩道近くを渡っている親子らしき婦女子を曲がって来た車がぶつけて巻き込んだ事故です。

小学校高学年の娘さんが母親に付き添われて道を横断して行きます。

交差点からBMWの黒いSUV車が左折して来ようとしています。

親子はドライバー位置からの死角に入っていて減速の予兆は見られません。

親子は横断歩道を渡って行きますが、曲がりつつある車の死角に入ったままです。

全く減速しない車に危険を感じた母親は車側にいる娘を逃がそうとしますが、時、既に遅しです!

死角に入って見えていない親子には見向きもせずに、ドライバーは後方から来て内側を曲がる電動バイクや対向車線を逆走して来る電動バイクの有無を確認し続けています。

そのまま車の左角は二人に当たり、娘さんは仰向けに倒れ、母親は前のめりにボンネットに被さります。

ドライバーの女性は左方向を見続けていて、まだ人に当たった事に気付いていません。

車は倒れた娘さんに被さって行きます。

下敷きになって行く娘を助けようと母親は車を止めようとしますが……。

減速しない車に母親は飛ばされてしまいます。

母親を跳ねた瞬間、漸く異常に気付いたドライバーは急ブレーキを掛けました。

ですが、娘さんは停止した車の下に巻き込まれています。

直ぐに母親は運転席へ駆け寄り、人にぶつけた事を認識したドライバーも事故状況を確認しようとしますが、娘さんは女性ドライバーの真下辺りまで巻き込まれています。

車の前輪前後に白く見えているのは娘さんの持ち物か衣服でしょう。

残念ながら、画像は此処までで、車の影になっていて姿が見えない娘さんの負傷状態は分かりません。

この事故はピラーの死角に起因している事故ですが、前方の安全確認を怠って障害物が無いと思い込んでいた女性ドライバーの過失100%です。

ピラーの死角範囲です。

この死角になって隠れた部分見ようと首を傾げたり、前傾姿勢になるなどして視認で安全の確認を行うべきです。

またシート位置や座高調整でも常に視認できるようにすべきなのです。

横断歩行者がピラーに因る死角に入り続けると、認識する事が大切です。

また、交差点で側方から来る車やバイクや自転車にも、同様な死角入りが発生しますので要注意です。

この死角を無くす為に、どのようなオプションを自動車メーカーは用意してくれるのでしょうか?