遥乃陽 diary

日々のモノトニィとバラエティ

世の中は感動と憂いに満ちている。シックスセンスが欲しい!

弾痕だらけの富盛の石彫大獅子(阿吽じゃないの?)沖縄県八重瀬町

富盛(ともり)、大獅子(うふじし)、八重瀬(やえせ)と発音します。

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神社の狛犬は向かって右側が『口を開けて・阿』、左側が『口を閉じて・吽』が多いです。
でも、阿吽と左右の配置は定まっていないようです。

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『阿吽の呼吸』の絶妙な対処で神仏の神域と聖域を守る、正に『臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前』の『九字』を手刀で胸の前に切り、両手の指で『九字』の印を結んで呼び寄せる『我を守護する者ども、我の前に来たりて陣を張り、我を守り給え』の如く、狛犬達は守護神なのです。

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『誕生時の泣き声を上げる開く口の阿』、『死した時に肉体の全てが止まり声と音が無くなるのを表す、口を閉じる・吽』、これは命を得て魂が離れるまでを意味しています。
つまり、『生きろ!』、『栄えよ!』と狛犬達は前に並び、守護してくれるのです。

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大半は狗像ですが、狐、兎、唐獅子、正体不明などの対像も有り、鳥居の結界を越えて来る災厄から守護する為に社の直前に据え置かれています。
鳥居が二つ、三つの多重結界と二対、三対の狛犬で厳重に守られている神社も多いです。

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寺院の門には大きな阿吽の仁王像が左右に立ち、門を潜る信者達の信心を問うように強く睨み付けて、異端信者や不心得者を排除しようとしています。

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f:id:shannon-wakky:20180627063432j:plain沖縄の家屋の左右の門柱上のシーサーにも阿吽が有ります。

家と家人の安寧を守護し、災厄の侵入を拒む、福は内、鬼は外の守りです。f:id:shannon-wakky:20180627062802j:plain

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阿吽という表記は確かに仏教由来かも知れませんが、阿吽の守護と厄除けの考えは、五千年以上も前の古の神殿や墳墓の遺跡に対の守護神像や獅子像として残されていて、古代から生と死と守りと栄えの象徴とされ、単なる威厳や威嚇の気休めの信心物ないのです。

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災厄を封じ込める為に災い元を睨んで唸って威嚇する阿吽像と、守護するモノの前に並んで災厄を退け祓い侵入を拒む阿吽像が有りますが、火難の源とされた八重瀬岳へ向いて火炎の災厄から集落を守る火伏せの富盛の石彫の大獅子は、その両方の願いを込めたシーサーです。

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沖縄県の家屋の屋根や塀の上に置かれて、家族と家財を守るシーサーの多くや、全国で見られる辻通りや屋根隅に置かれて災厄を祓い安全安心を願う魔除けの像や地蔵や道祖神は殆ど単体で、阿吽の対では有りません。

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西洋のゴシック建築には大抵、屋根の角に配されて雨水を落とす吐水口(樋嘴/ひばし)を兼ねている悪魔祓いの像のガーゴイル(gargoyle)も対ではなくて単体で、集まる雨水をガーゴイルの口から落水させて、建物を守護する四隅角へ配置された獅子像を潤わせるように受けられています。

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醜くて恐ろしげな姿のガーゴイルは、奈落から地面に出て災い撒き散らしながら天上界へ昇ろうとする悪魔を見張る使命を神から与えられた天使で、信心深い人達の味方なのですから、魔除けの意味ではシーサーや狛犬と同じです。f:id:shannon-wakky:20180627065202j:plain

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体高141㎝、全長175㎝の富盛の石堀大獅子は標高92mの勢理城(ジリグスク)跡上に居ます。
彫像された1689年当時は勢理城近くの富盛の集落で火事が続いて、多くの被害と犠牲が発生していました。
この火事現象は、火山(フィーサン)と謂われた八重瀬岳(標高163m)に住まうと崇められていた火の神の暴挙の前触れだとされて、民の安寧を望む琉球王の命令で、火除け、火返し、火伏せを願とした石堀大獅子が勢理城上に八重瀬岳を唸り睨む蟠踞する姿で置かれました。

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活火山や休火山でもない八重瀬岳を謂う火山(フィーサン)の意味は、火難の災いを齎す祟り域という事なのです。
当時、多発する火事の元凶が風水の因果で、八重瀬岳に有ると読まれました。

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実際の火事の原因は、火起こしに使ったサトウキビの枯れ柄や枯葉などの始末の不徹底で、燻る火種が再燃して家屋や野畑を焼いていたのです。
蟠踞の時には、既にいい加減な火の始末に気付いた住民達が、消火と防火に徹底し出していて、火事は激減していたのですが、王令で製作された石堀大獅子を「原因が分かったので不要です」とは言えず、民の安寧を気遣う王への感謝の意として奉ったのでした。

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火の神が住まうと崇められていた八重瀬岳(標高163m)へ向けられていますが、神域への直視は避けるという意味で、僅かに左へ軸線を逸らしています。

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この富盛の石堀大獅子は、台座のように見える大きな琉球石灰岩から無垢に彫り出されたのでしょうか?
それとも、他で彫り作られた獅子像を蟠踞したのでしょうか?
別々だとしたら、当時の技術では、どのように安置の接合をしたのでしょう?

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1945年(昭和20年)3月26日、慶良間諸島の座間味島など数島へアメリカ陸軍第77歩兵師団が上陸して始まった沖縄本島域の地上戦は、4月1日朝、本島中西部に上陸したアメリカ陸軍と海兵隊に防衛する大日本帝国陸軍第32軍は、内陸部での地下陣地による持久戦で勇戦しましたが、激戦の挙句、5月27日に第32軍司令部は首里の司令部壕を撤収、本島南端の摩文仁の洞窟壕へ移動しています。

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那覇、首里、嘉手納などの沖縄本島中西部域で戦い抜くと豪語して本島南部域へ県民を疎開させた大日本帝国陸軍は、愚作な総攻撃を撃退された後は、持久戦で頑強に戦い続けていましたが、補充も、補給も無い消耗するだけの戦力に本島南部での転戦防衛となり、沖縄県民を守るという意を翻して、疎開して篭っていた谷間や洞窟や亀甲墓から県民達を追い出して防衛戦線と拠点の構築をする情けない始末でした。
そして、疎開していた県民や地元の住民達を野外や拠点内の雑用係として危険な戦場で酷使し続けて、大勢を死なせています。

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八重瀬岳の断崖台地は、帝国陸軍の最重要防衛拠点とされ、勢理城跡の丘は前哨拠点になりました。
八重瀬岳は、険しい急斜面の尖がった頂上の高山をイメージさせる名称ですが、東側と北側が断崖になった最高標高位置が163mの台地です。
沖縄戦では八重瀬岳の台地や富盛の低地に日本帝国陸軍第24師団と海軍陸戦隊の各部隊が守備陣地を構えていました。

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八重瀬岳の台地上に水場が無い為に集落や田畑は在りませんでしたから、住民が上り下りの為に通る踏み固めた小道も無く、有ったのは僅かに均されて草が生えない程度の獣道だけでした。
そんな不明確な断崖道の中程の洞窟は帝国陸軍第24師団の第1野戦病院の本部壕とされて負傷兵の収容と治療が行われました。
更に断崖道を登った岩陰の貫通洞窟は手術壕になり、多くの重傷兵の外科手術が麻酔無しでなされました。

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その第1野戦病院の第4班と第5班に看護婦補助として配属されて勤務していたのが、縄県立第二高等女学校4年生の16歳から17歳の生徒で構成された白梅学徒看護隊の55名です。

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f:id:shannon-wakky:20180627072621j:plain白梅学徒看護隊は3月24日から従事していましたが、アメリカ軍が迫る6月4日に野戦病院長から「自分の命は自分で守れ」の非情さの解散命令が下され、洞窟壕から出された彼女達は砲爆撃と銃撃に曝される遮蔽物の乏しい戦場を、未だ日本軍が占拠している南部先端域へと悲運な彷徨をしたのでした。f:id:shannon-wakky:20180627073440j:plain

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6月7日に富盛の集落辺りまで接近して来たアメリカ軍は、事前の艦砲射撃、爆撃と機銃掃射、砲兵射撃を激しく実施して攻め登りますが、6月14日の八重瀬岳台地の完全占領までに繰り返された攻撃は、帝国陸軍の特設第6連隊(200名足らず)と帝国海軍の勝田大隊(40名足らず)と丸山大隊(70名足らず)の防戦と反撃によって全て撃退されています。

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勢理城の石堀大獅子の位置へは、6月10日にアメリカ陸軍第96師団第381連隊第3大隊のK中隊とL中隊が進出して、八重瀬岳の断崖下の低地を守備する帝国陸軍特設第6連隊の一部を激しい交戦の末に断崖直下へ撃退しています。

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沖縄戦の記録写真に勢理城の石堀大獅子が写る場面は、6月12日に八重瀬岳台地上へ攻め上がったK中隊とL中隊が帝国海軍勝田大隊と交戦する戦況を、G中隊の将兵が石堀大獅子を盾にして双眼鏡で見守っています。

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写真の石堀大獅子は多数の弾痕や弾片の傷が有ります。
黒ずんでいるのは、砲爆撃の炸裂火炎やナパーム爆弾の火炎を浴びているからでしょう。
もしかして、日本兵の姿に見間違えられて火炎放射をされているかも知れません。

最前線で、日本兵のほんの10秒ほどの突貫に銃剣で刺殺される距離まで接近する火炎放射兵は、極度の緊張と恐怖から投降する敗残兵や県民と反撃して来る兵士を瞬時には見分けられずに、火炎を放射して火達磨にするしかなかったでしょう。

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背中や右側の丸い銃弾痕はアメリカ軍に因るもので、左側は主に日本軍から、正面は八重瀬岳から狙い撃ちする日本軍からです。
他にも艦砲射撃の大口径砲弾の破片痕、艦載機の機銃掃射痕、砲兵の支援砲撃の砲弾片痕が現在も残っています。

しかし、獅子像には著しい欠損部位や亀裂は無くて、琉球石灰岩の組織結合の強固さが良く理解できます。

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しかし、いかに強度が有る琉球石灰岩の獅子像でも、この大きさならば、戦艦の口径40cmの主砲弾や1t爆弾の直撃で粉砕されるでしょう。

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故に、石彫大獅子像は、1体だけだったのでしょうか?
口を開く『阿』像と対になる、『吽』は勢理城上になかったのでしょうか?

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東宝映画『沖縄決戦(1971年)』の本島南部の糸満半島へ追い詰められる沖縄戦末期の戦闘場面で、富盛の石彫大獅子を模したと思われる大きさで尻尾の有る(一物も有るように見えます)石の獅子像が、玉砕する守備兵達の陣地に見られますが、その石像は2体有るのです。

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富盛の石彫大獅子は日本軍が強固に守る高台の八重瀬岳に向いていますが、映画に登場する獅子は敵のアメリカ軍の方へ向いていました。
(二体とも『阿』像です)

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尚、本島最南端の荒岬や喜屋武岬の僅かな土地に追い詰められた各部隊や、孤立して奮戦する幾つかの小兵力との通信が途絶し、軍としての組織的戦闘が不可能となった6月19日、第32軍司令部は最後に下達した勇戦敢闘の命令に、第32軍の参報長が「諸士よ、生きて虜囚の辱めを受くることなく、悠久の大義に生くべし」の一項を付け加え、軍司令官が黙認して署名しています。

これは、『大儀の為に死ね。生き残るのは恥だ!』という意味で有り、戦争に勝てないなら大和民族、いや天皇陛下の臣民は『自決して絶滅すべき!』の、当時の軍国主義の大日本帝国臣民全体に浸透していた意識でした。
その意識へ大日本帝国臣民全体を導いたのは、大日本帝国の断固戦争を遂行させようとする統治管理機構と狭隘思考の職業軍人達と拝金主義と利権欲の財閥達でした。

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『生きて虜囚の辱めを受けず……』は、戦陣訓の第八項で、1941年(昭和16年)1月25日に陸軍省が検閲済にして正式発行しています。

当時の東条英機陸軍大臣が自ら認めて定めた戦陣訓を録音して、大日本帝国の軍人と臣民に広く知らしめています。

1943年(昭和18年)5月25日(実際の玉砕突撃は5月29日)に全滅したアリューシャン列島のアッツ島守備隊を報じた朝日新聞の見出しには、『一兵の増援求めず、戦陣訓を実践、夜襲を敢行、壮絶玉砕』と、全滅するほどの悲惨な敗北なのに戦意を高揚する記述がなされています。

大日本帝国陸海軍は終戦まで生きて虜囚になる事を認めておらず、大本営は戦況が絶望的なアッツ島の放棄を決定すると同時に守備隊へ玉砕を命じました。f:id:shannon-wakky:20180627210649j:plain

沖縄決戦の終焉は、6月23日、アメリカ軍の摩文仁地区の殲滅占領で第32軍司令官と参報長の自決した為に司令部の防衛指揮系統は消滅して、戦闘を継続する防衛組織としての沖縄の日本軍は壊滅しました。
まだ、小人数の日本兵の抵抗拠点は残るものの、実質的に連合軍の沖縄攻略戦のアイスバーグ作戦は終了しました。

それなのに、8月15日に大日本帝国が無条件降伏をするまでの掃討戦で、数多くの敗残兵と県民が自決して亡くなっています。

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日本の歴史上、1944年(昭和19年)9月から1945年(昭和20年)8月までの1年間は、重大な過ちの判断が続けられて実行された最大の恥の期間でした。

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守護を願った石彫の大獅子に無数の弾痕傷が刻まれた当時の不条理で凄惨な事態を想い、大日本帝国の敗北に因った1945年(昭和20年)8月15日の終戦から今日今後も、日本が歴史の最大の恥を繰り返さない平和な国である事を、改めて心から願っています。

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風月堂のサバラン(金沢市小立野交差点/金沢大学病院前)2017年10月31日閉店

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一時帰国する度に買いに行って、二つ、三つと食べていた大好きなサバラン(サヴァラン?/Savarin)を拵えていた洋菓子屋が、2017年10月31日火曜日を以って店仕舞いしました。

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サバランを拵えていた洋菓子屋の『風月堂』が営業をしていたのは、金沢市の金沢大学病院へ至る変則十字の交差点を中心とした小立野界隈の商店街です。

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金沢市を流れる犀川と浅野川の間にテーブル状になった山の尾の小立野台地が在ります。

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この山の尾の端になる兼六園の東口から天徳院に至るまでの2kmを直線で繋げる石引大通りは、金沢市の北辺の鳴和地域や南辺の平和町地区や南西側の三馬地区のように、金沢城周辺の主要繁華街から離れたサテライト的商業地域です。

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その石引通りの中心商圏になる大学病院前交差点近くに、お気に入りのメロンを挟んだサバランとパリパリのアップルパイを製造販売していた『風月堂』が在りました。

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『風月堂』が何時頃から小立野で創業されたのかは知りませんが、小学生の時に母が仕事帰りに買って来る以外に自分から所望する事は有りませんでした。

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中学校の登下校路に『風月堂』が在るのですが、並びに在った書店の『イロヤ』や向かいの貸し本屋やバス停近くの文房具屋に寄るくらいで、洋菓子には興味が有りませんでした。

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高校生になっても部活で兼六園傍の護国神社に在る弓道場と石通り沿いに在った喫茶店『ミカド』に入り浸って小倉トーストとナポリタンを食うだけで、女子とデートしてもショートケーキをテイクアウトする発想は無かったです。

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それが、『風月堂』のモンブランを妻が買って来てからは、洋菓子が気になり出しまして、以後、出掛ける度にあちらこちらのケーキを買って来るのでした。

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妻と一緒に『風月堂』へ行った時に初めてサバランを買ってからは、そのしっとりと絡む洋酒をメロンがまろやかする奥深い美味さの虜になりまして、仕事で中国に滞在する十数年間は一時帰国する度にサバランを食していました。

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ブリオシュの茶褐色の上皮から覗くメロンの一片の、そのペパーミントグリーンのような彩の爽やかさが、見た目にも美味なる風味を想像させて食欲をそそるのでした。

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なので、お気に入りのサバランが『風月堂』の閉店で、食べられなくなったのは非常に残念です。

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サバランはコミック『鉄道少女漫画/木曜日のサバラン』に、女子高校生のヒロインとサラリーマンとその妻のコミュニケーションアイテムとして登場します。
サラリーマンの幼い娘がぶちまけたサバランから身を挺して鉄道模型のレイアウトを守るヒロインの姿に、「サバラン、勿体無ぇ」と思うのでした。
そして、幼子に洋酒入りの洋菓子を食べさせていたら、大丈夫なのかと心配になるのでした。

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これは金沢市に在る別の御店のサバランで美味なのですが、『風月堂』のサバランが懐かしいです。

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ルーツ:
サバランの起源は、オーストリアの焼き菓子だったようです。
その焼き菓子は18世紀後半のポーランドで、スタニスワフ・レクチンスキー王の料理人がババという堅いクッキーのような御菓子にアレンジしました。
スタニスワフ・レクチンスキーはポーランド王に2度もなった人物です。
最初はスウェーデンのカルル王の支持を受けてポーランド王になりましたが、ロシアとの戦争に敗れてフランスへ亡命。
フランスでは娘をルイ王に嫁がせて王室縁故となり、今度はフランスに支持されてポーランド王に復帰するが、それを不服としたオーストリアとロシアの連合軍に敗北して、再びフランスへ亡命。
ポーランド王を退位する代わりにフランスのロレーヌ地方の領主となった、政治運の無い方でした。

でも、ロレーヌを経済発展させていますから、統治能力は優れていたようです。
その産業振興からフランスでもババが食されるようになったのでしょう。
彼の側近や従者達も優秀者揃いだったようです。
そして、いろいろとアレンジされるババの逸話が有りますが、兎に角、洋酒入りのシロップに浸すと、とても美味しくなりましたから、そのようにパリのパティシエ「ストーレー」が、19世紀前半にババを改良して広めたのです。
更に、ストーレーの許で修行していた職人オーギュスト・ジュリアンが、改良されたババをヒントにサバランを作りだしたのでした。
サバランの名称は、19世紀のフランスの美食評論家のブリア・サヴァランへの敬意を表して付けられていたそうなので、きっと、彼から非常に高い評価が得られたのでしょう。

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洋菓子のサバランは知っていますが、ババは知らないですね。

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注意!
サバランには洋酒(ラム酒やリキュール類)が使用されていますので、チョコボンボンと同様に食後の運転は控えなければなりません。
アルコール風味の度数と摂取量は分かりませんが、酒気帯び運転で検挙されかねないので、気を付けましょう。

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WISDOM(アシュラフ・ガファー作)が片隅の壁際へ移設された!(金沢市庁舎前広場)

金沢市が金沢駅から21世紀美術館へ誘う、アートアベニュー計画で実施された「まちなか彫刻作品・国際コンペティション」の第2回(2006年)優秀作品が、アシュラフ・ガファー(Ashraf Gafer).作の『WISDOM』です。

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その、滑らかな漆黒肌の六つ目の頭部を彫刻した『WISDOM』は、金沢市庁舎(金沢市役所)前広場から駐輪場脇の壁際に移されました。

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移設理由は、段差と池が有った広場を賑わい創出のフラットな広場にする為で、最優秀彫刻作品が『障害物』扱いされてしまいました。

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2016年4月~2017年4月の整備工事期間中の仮移設だと思われていたのですが、工事完了後もフラットにされた広場へ戻される事はなく、目立たない片隅の移設場所に置かれたままです。

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作者には移設の了解を得ているそうですが、どんな理由説明をして承認されたのであろう?

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作者のポーランド在住でエジプト人彫刻家のアシュラフ・ガファー氏に立ち会って貰いたかったですね。

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いつまでも邪険に扱うと、サウロンの瞳のようになって『金沢の隠された素顔』の方々に古代ナイルの呪いの眼光を放つかも知れないです。

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『WISDOM』は広々とした白いキャンバスのような庁舎前広場の正面に据えるか、観光資源になりえる場所へ置くべきでしょう。

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台座上の高さ155cmの像は、無毛で不吉な黒色の表面、左右から密着する一つ目の顔面、頭部のみ、180度の視界を持つ六つの白い眼球の青い瞳は、時空を越えて古のエジプトから深く見据えているようです。

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漆黒な頭部全体は、古のエジプト壁画のようでアフリカ的です。

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この不気味な容姿が、真贋や真実を問うように思われて、作品が視界に入る人達が抱いた畏敬の念を直ぐに恐怖に変えてしまい、避けて通るようにさせたのでしょう。

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ううっ、見られている!
睨まれているかも……。
……疚しいところは、たくさん有ったりして……。
思わず、『ごめんなさい』と謝罪の呟きや、跪き、懺悔の告解をして赦しを請い、犯した全ての罪を浄化しそうになります。

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作品名の『WISDOM』は、『賢明さ』、『知識』、『知恵』、『分別』、『博識』という意味です。

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六つ目、五つ鼻、五つ口、密着した五つの顎と五つの首、一対の耳、一つの頭なので、集合的『賢人』の表現でも有ります。

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なので、金沢市が主催した「まちなか彫刻作品・国際コンペティション」の優秀作品の『賢人』を市役所の自転車置き場の壁際の片隅へ追い遣ってしまった金沢人は、分別の無い浅知恵で乏しい賢明さの愚かな人々になってしまいますね。

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この状態は非常に由々しき事態で、金沢市の見識が国際的芸術観光都市になるに足る資格の有無を問う、大きな問題でしょう。

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金沢市民の一人として、非常に悲しいです。

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『WISDOM』は、ローマ市の嘘を吐くと噛み切る『真実の口』のような、善悪を見極める賢い選択へ導く心眼の象徴になる芸術作品なのです。

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ですから、アシュラフ・ガファー氏に、もう一体製作していただいて、金沢駅東口の鼓門直下に金沢へ来る人達と金沢を去る人達の方の両面へ両面宿儺の様に向いて、邪悪と疫鬼の侵入を険しく拒み、安全と安心の優しさを贈る、そんな象徴像にしましょう。

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自殺願望者に告ぐ、心臓を捧げよ!

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自ら命を絶とうと考えている貴方、無駄に死なないで下さい。
死に救いを求めるなら、死に逝く事に意義と誇りを持たせましょう。
それは、貴方が逃げた、貴方を拒んだ、その忌むべき社会への復讐でも有ります。

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先ずは、臓器提供カードに記入とサインをして、ドナーの意思を示して下さい。

貴方が嫌う、憎むべき現世ですが、ホンの僅かでも良き思い出が有ったならば、貴方の死を世界に還元しましょう。

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死亡直後の肉体を、生き続けたい、健康な身体になりたい、という人達に提供しましょう。
貴方が得られなかった幸せを捧げましょう。
未来を望む多くの方々が貴方を待っています。

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肉体の部位や臓器を移植に適した状態で提供する為に、出来る限り身体を損傷させないで下さい。
五体が千切れ飛んで肉片と化す、電車や自動車との衝突は止めて欲しいです。

激しく傷付ける高い場所(8階以上)からの落下もダメです。
(7階以下の高さでは、自由落下の衝撃値から頭部を直撃しない限り、即死はせずに、著しい後遺症や酷い肉体部位の欠損になるだけで、死に切れないですよ……)

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一酸化炭素や硫化水素などの細胞組織を汚染する毒ガスの吸引もダメです。
同様に薬物もダメです。

燃焼、沸騰、炭化は論外です。
覚醒剤や麻薬を常用している方は、残念ながら既に全ての部位が使い物になりません。

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脳死状態になるのが望ましいです。
首吊りかな。
ギリ、睡眠薬とリストカットの失血死も有りです。

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脳死後は直ぐに発見されるように、貴方を知っている誰かに知らせておいて下さい。
(携帯電話とパソコンのロックの外し方も)
ブラ下がるなら、病院の近くで人目に付いて、尚且つ最低5分は降ろされない場所にして下さい。
堂々と貴方の死に様を世間に見せ付けて遣りましょう。
ドナーカードと遺書(臓器提供者の意思も記載する)と自殺意思が解るように靴を揃えておいて下さい。
そうすれば、貴方の身体が弛緩して汚物塗れになる前に、優しく抱き降ろされるでしょう。

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貴方が生前に求めた優しさで、脳死の貴方の身体は丁寧に扱われます。
貴方から提供された貴方の肉体の部位は、貴方に因って未来へ繋がった人達に大切にハグされ続けます。

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そうされるように貴方は望んで願って下さい。

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首が絞まると、最初は息が詰まって苦しいですが、直ぐに圧迫される頚動脈が脳への血流を止めて意識を無くしてくれます。

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死は肉体の復活を拒み、死への刹那の時間で記憶を開放消去します。
貴方のそれまでの人生の全てを逆送りで見せながら、漆黒の闇へと至ります。

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魂は輪廻転生するでしょうが、死後の世界は有りません。
死後に再び廻り逢うとか、天国や地獄も無いです。

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目覚めのない闇が訪れて、それっきりです。

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どんな形でも死は虚しいです。

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できれば、自殺願望を思い留まって、足掻き捲くって生きて欲しいです。
人生は一回ポッキリの神様からの贈り物。
自らではない終焉を迎えるまで、生きる事を楽しみましょう。

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PS:
『自殺者の臓器を移植した人は自殺する』とか、『移植の臓器や部位は、以前の持ち主の性格を記憶している』などの噂は、1990年代後半から2000年代初めにインターネットに流され、現在も真しなやかに転載されているフェイク(捏造された偽記事)です。
臓器の機能細胞の再生増殖は有りますが、移植される臓器の細胞に以前の持ち主の人格や行いが記憶されているなんて、脳の移植じゃない限り、絶対に有り得ない事ですね。
インターネット上やフェイク本で拡散されている、それらの稚拙で邪悪な記事は完全に根も葉も無い、全くの嘘っぱちですので、暗黒域を擦り込まれないように、充分に気を付けて下さいませ。

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ユニコーンガンダム(設定サイズ1/1)を10月6日に御台場で見ていた

『おおっ、真っ白じゃん!』
ビックサイトへ向かう朝のユリカゴメの車窓から見える木立の上に胸から上が現れている、赤と青の色が入らない一年戦争のとは違う白一色のガンダムに思わず声が出て、予定外のテレコムセンター駅で途中下車をしてしまった。

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一つ前の船の科学館駅の方が近いのだけど、白一色に気付いた時はドアが閉まる時で間に合わなかった……。
それに次の青海駅で降りた方が近かったかも?! と思ったのはホームに掲示されていた地図を見た時だった。

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2017年9月24日(日)より東京・お台場の「ダイバーシティ東京プラザ」の「フェスティバル広場」にて、正式に展示を開始された全高19.7mの白いユニコーンガンダムの正式名称は、「RX-0 ユニコーンガンダム Ver.TWC(TOKYO WATER FRONT CITY)」です。

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展示されているユニコーンガンダム(RX-0 / 1号機)は立像モデルなので、自立歩行や飛行は出来ません。
ですが、アニメのユニコーンモードから「NT-D」発動時のデストロイモードへの変形を可能な限り再現し、発光します。

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このデストロイモードとは、ニュータイプや強化人間のようなサイコな連中を感知して抹殺するという、ジオン・ズム・ダイクンが提唱した人類の革新を真っ向から否定するシステムなのでした。

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パイロットはバナージ・リンクス。

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惚れた女の望みを叶える為に身も心も捧げる、無謀なほど勇敢な賢くて志の有る逞しい男です。

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《男だって、苦しい時、悲しい時、嬉しい時に泣いてもいいんだぞ、バナージ》

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ユニコーンと一緒に王女に従い守るバンシー(ロリコン少尉ではなくてマリーダ仕様で)も立たせて欲しいと思う。

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ユニコーンガンダムのストーリー背景は、『逆襲のシャア』の戦慄から僅か3年後の世界。
現代でも3年も経てば、ワールドワイドな事柄でも忘れたり、無かった事にされそうになったり、更に上書きされたりしているので、違和感の無い間隔でしょう。

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ストーリーの根幹を成す『ラプラスの箱』……、最期の一行は、もっと説得力の有る文にして欲しかったですね。
例えば、『人類の進化を促す』とか、『人類を進化させる』とか、断定的な言葉で締め括ったら、ネアンデルタール人がクロマニヨン人に駆逐されたような、現代人がニュータイプという新人類に支配されて根絶されるみたいな不安を浮き出させて、より隠匿を煽れるのではなかったかと考えます。

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真のニュータイプへの概念は範囲が広くて、分かり合えても争いは根絶できないので、終末的には『イデオン』の第6文明人の様に至ってしまうのでしょう。

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お気に入りの『逆襲のシャア』は、アムロとシャアが生存している其の後を観てみたいですし、ユニコーンガンダムは、メンタルが崩壊しなかったバナージ君とジオン自治宙域を率いるミネバ・ラオ・ザビさんが幸せになったのを知りたいですね。
……火星の大元帥ジョン・カーターとヘリウムの王女デジャー・ソリスみたいな。

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新東名高速道路の下り静岡SAのNEOPASA静岡(STRICT-G)では、MOBILE SUIT RX-0のTシャツを買っていますね。

ふじのくに地球環境史ミュージアム /ミニチュア情景製作の技巧と発想!

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精密とは精度が緻密という意味で、細かい物が複雑に高密度という意味では有りません。
精度が緻密という精緻は高精度が緻密という意味です。
したがって精密は、精緻という事でも有ります。

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精度とは、サイズや表面や角度が正確な事で、限り無くピッタリな寸法の大きさ、歪みや反りなどの変形が無い平面で凹凸の無い滑らかな面、揺らぎの無い直角や角度、その正確な精度で丁寧な製作や作成が精密です。

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高度な正確さで丁寧な作業の堅実な積み重ねが精密なのです。
その精密な先端の鋭利さに神が宿ると古から謂われています。
そして、精密は工業系の製造に限った事ではなく、モノづくり全般に使う言葉です。
ふじのくに地球環境史ミュージアムを訪れて、その事を改めて感じました。

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ふじのくに地球環境史ミュージアムを知ったのは、モデルアーマー2016年5月誌上の田村廣幸氏のコメント記事からです。
記事の本文外に記された、『1/10くらいで人々の暮らしを再現した、素晴らしいミニ情景が有る、ふじのくに環境史ミュージアム』に、とても興味が湧いて、直ぐにでも観覧に行こうと思いましたが、なかなか行くチャンスが無くて、訪れるのに1年以上の年月が経ってしまいました。

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モデルアーマー誌にコメント記事を連載する田村氏は、ツインスターの会社にいた時の先輩で、その人当たりの優しい言動と物腰、そして、長身でハンサムな顔立ちの容姿と開発部の設計者という職務に、後輩、同僚、上司に人気が有り、『桜井さん、桜井くん(旧姓)』と慕われていました。

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その頃のツインスターは、若手男子社員の殆どが私を含めて地方出身者で、皆、就職希望の手紙を送り、試験を受けて入社していました。
東京の型屋へ発注していた金型を、少しずつ自社製造し始めた頃です。

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金型の製作工程、構造は配属された金型メンテナンス班で学びました。
桜井氏は、たった二ヶ月で独身寮から憧れの『男おいどん』の四畳半部屋のアパートへ移った、一匹狼的に粋がる新入社員の私へも、公私共、優しく御指導御鞭撻していただいた方です。
私生活は?でしたが、仕事には妥協しない人でした。

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富士の少年戦車兵学校へサイパン島から到着した帰還九七式中戦車チハを見に行ったのも一緒でしたね。
他に仲良くしていただいた先輩社員には、スィートの社長、アスカモデルの社長、エブロの社長の方々がいたのを憶えています。

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タートルの社長は金型部の新型班へ配属された同期で、現在も連絡を取っています。
エブロの社長は金型部から開発設計へ転属した方で、75mm対戦車砲の金型の立ち上げでは組立合わせに全く妥協せず、20回近くの修正試作をしました。

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アスカモデルの社長は直属の先輩でした。
静岡師団の工兵隊に召集されて香港攻略戦で大腿部に貫通銃創の負傷をした元帝国陸軍伍長の親方と共に厳しく指導されましたが、心根の優しい方で、タートルの社長と一緒に富士山を登頂しました。
(眼下に広がる雲海、強烈な頭痛の高山病、御来光、満天の無数に煌く星々、歯の根が合わない寒さ、今も鮮明に覚えています)

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ツインスターの社員は誰もが担当の仕事に真摯で妥協はせず、作業の完成度は現在も非常に高いです。
仕事に使用する道具はツインスターオリジナルが多く、精密な仕事をする会社だと当時も現在も新鮮に驚いています。

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田村氏が記していたミニ情景は、ふじのくに地球環境史ミュージアム1階の第5展示室に有ります。
このブースのテーマは『ふじのくにの環境史』で、縄文時代から現在までを四つのシーソー展示に分けて、
それぞれの人の生活と自然環境をウエイトバランスで現しています。

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このウエイトが、四角い透明ケースに入った1/16(1/10ではなかった)のミニチュア情景になっていて、その緻密でリアリティーな表現技工は全てのスケールのジオラマ作りで、とても参考になると思っています。

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縄文人、弥生人、中世時代の人、現在人、それぞれの骨格や顔付きを発掘人骨の資料から造形されていて、手足の肉付きと共に違えています。
衣服の繊維の質感、玄翁や編み込んだ篭などの道具、木目が美しい(本物の木材?)箪笥や食物などの造形は、フィギュア製作の参考になります。

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自然環境のミニ情景は、樹木の違いが分かる樹皮と枝葉に落ち葉、雀や雉や鼠などの小動物、草花に茸や苔、アワの穂に水、水中の魚に水底、地肌に小石、これらを製作された会社に、その発想と技法を学びに行きたいですね。

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現代の人のケースに有る1/16のパジェロミニは、何処のキットを改造製作したモノでしょう?

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現代の自然環境の情景だけ1/16ではありませんが、鉄道模型のレイアウト製作の山地や砂防ダムや土砂崩れの造形の参考になります。

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f:id:shannon-wakky:20171026062906j:plainスケールモデルのジオラマを製作する方には必見です。
新たな発見と製作意欲が湧くと思います。
出来るなら、シーソー展示間の時代も製作展示して欲しいかもです。

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写真撮影は全展示が可能ですが、フラッシュの使用はダメです。
三脚の持込使用も不可ですし、自撮り棒も不用意な取り回しで展示物を損傷させますのでダメです。
そして展示物にはDo not touchです。
破損や変色の恐れが有りますから触れてはいけません。

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ふじのくに地球環境史ミュージアムは、各展示のテーマ、レイアウト、展示品、バランスが緻密で精密です。
思いを廻らせ、考える展示バランスになっています。
他の展示内容も、スケールモデラーの参考になる事が多いでしょう。

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1階の展示:

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1、地球環境史との出会い

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2、ふじのくにのすがた

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3、ふじのくにの海

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4、ふじのくにの大地

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5、ふじのくにの環境史

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2階の展示:

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6、ふじのくにの成り立ち

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7、ふじのくにの生物多様性

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8、生命のかたち

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9、ふじのくにと地球

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10、ふじのくにと未来

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昆虫標本の製作

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他にも『キッズルーム』と『図書カフェ』が在り、幼い御子さんと一緒でも安心で、ゆっくりできます。
次回の観覧は何時になるか分かりませんが、まったりと図書カフェで地層標本(固め方)を思案したいですね。

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各展示エリアのガイドは担当展示物への知識が豊富な、親切で優しい女性の方々です。
概略の説明に加え、浅い問には軽く、深い質問には重く、ユーモアを交えて答えてくれます。

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会館時間は10:00~17:30ですが、最終入場は17:00です。
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は次の平日)& 年末年始
常設展観覧料:
個人:300円
団体(20人以上):200円
大学生以下の学生、70歳以上、身障者手帳所持者の方々は無料です。

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場所:
閉校になった静岡県立南高校の校舎と敷地と机や椅子などの用具を再利用したミュージアムなのですが、位置とアクセス道路が分かり辛いです。
自動車で行くには、静岡市日本平西側沿いを南北に通る大谷街道を南の駿河湾の方へ走り、静岡大学前を過ぎてから用水路のような川を渡った直ぐの左手に在るコンビニの手前を左に曲がって、細い小路に入ります。
道は細く沢沿いの森の中を抜ける寂しい道ですが、道なりに進んで坂を上るとミュージアムに着きます。
反対方向からは、大谷街道を更に南へ進み、右側に消防署が在る丁字交差点を左へ曲がって行きます。
多少、道は狭くなったり、曲がったりしますが、突き当たりまで行って左方向へ進み続けると、ミュージアムへ到着です。
丘陵奥のこの様な辺鄙な場所に在った高校へ通った生徒さん達に脱帽です。
(昼休みに買い食いに行けないし、エスケープは難しいし、変質者のアンブッシュが怖い!)

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ふじのくに環境史ミュージアム
Museum of Natural and Environmental History, Shizuoka
〒422-8017
静岡市駿河区大谷5762
電話:054-260-7111
FAX:054-238-5870
E-mail:into@fujimu100.jp
ホームページ:WWW.fujimu100.jp

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PS1:
ツインスターに入社して直ぐに各工程の作業を1週間ずつ体験する実習が有りました。
その実習で生まれて初めて、毎日、同じ位置で8時間拘束されて流れ作業を繰り返すという事の辛さに、
『死にそうだ』、『死んでしまう』とレポートに書いていたところ、新入社員の実習カリキュラム指導の20歳代半ばぐらいの先輩から、ミーティングで『君は、本当に死んでしまうのですか?』と問われて、大赤面してしまいました。
それ以後、『死ぬ、死ね』などの不幸な言葉を言わない様にして、気持ちもネガティブからポジティブへ切り替えています。

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その体験実習にショップ店への完成見本を作るという工作室の部署で模型組立の作業が有りました。
デザートラットのフィギュア4体セットを与えられてパーティングライン処理と塗装を命じられました。
当時の色塗りは指定範囲を指定の色で綺麗に塗るという単純さで、その単純さと詰まらなさに、実感を持たせた塗装の許可を求めたところ、『遣ってみろ』と許されました。
ハイライトとシャドウ、色の濃淡に艶無しの質感、モールドの輪郭を際立たせ、表情や細部の書き込みなど、ウエザリングや汚し以外の塗り込みを行いましたが、結果は不採用の却下でした。
折角、レンブラントの絵の人物の様になったのに、今じゃ当たり前のリアルな塗装が当時は理解されませんでしたね。f:id:shannon-wakky:20171026064928j:plain
金型部の新入社員の歓迎会が静岡大学近くの焼肉屋で行われました。
そこで初めて薩摩芋焼酎を飲み、気が付いたら自分の四畳半の部屋で寝ていて、既に翌日の昼過ぎでした。
ゲロや二日酔いは経験していましたが、意識が無くなったのは初めての事でした。
その翌日の月曜日に知ったのは、意識を無くした私を介抱して部屋へ入れたのは、同期のタートルの社長と直属上司のアスカの社長でした。
しかも、送られる途中でアスカの社長の新車の中でゲロっていて、平伏して謝っていた次第です。
たぶん、酒が強くなったのは、それが切掛けです。
改めて、申し訳有りませんでした。

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PS2:
因みに、鉄筋モルタルの四畳半アパートの大家さんは、静岡師団の対戦車砲を担当した陸軍の軍曹でした。
フィリピンで鹵獲したトミーガンを背負い、ぬかるんだ道で任されていたゴムタイヤ仕様の90式野砲を押して回っていたそうです。
砲弾が無くなった後は逃げるだけだったと話してくれましたが、戦闘の詳細や逃げて復員するまでの事は言いませんでした。
日中戦争から従軍されていた寡黙で頼りになる方でした。

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内臓脂肪で喘息になった。

体重が84kgを越えてからずっと、咳が出始めると1ヶ月以上も咳き込んでいました。

それまでは大抵、夏風邪か、冬の寒さから出る咳で、ずっと内臓脂肪が原因だとは全く思ってもいませんでした。

その咳き込みが、2016年の年末から2017年の春まで喘息のように絶え間なく、息も絶え絶えの窒息しそうになるくらいに激しく出るようになりました。

それでも、暖かくなれば、例年通りに咳は治まるだろうと考えていましたが、胸や気管支や咽喉の病気を心配する妻や知人の懇願で、2017年5月上旬の一時帰国時に掛かり付けの医院で胸のレントゲンを含む簡易検診をしました。

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これ以上に体重が増えて更に体格が丸くなったら、『なんかヤバイかも』と感じたのは、妻の願いを聞き入れて、妻の指導の下、春の柔らかい陽射しの午前中に家の周囲の雑草取りに従事した、2016年4月初旬の時でした。

雑草と抜いてはいけない草花の見分けを指示されながら、妻が行うようにしゃがんで雑草を根から取り始めました。

ここにも、こちらにも、そこにもと手先を動かして作業を進めて行くと、3分も経たないのに息が苦しくて、もっと酸素をと肺というよりも、身体全体が喘いでしまいます。

苦しさに立ち上がると速い動悸に肩で息をしている自分に驚きです。

それは、しゃがむ姿勢で横隔膜の上下運動を妨げて、浅い呼吸になっていたからでした。

その原因はウエイトと体型!

計画ウエイトの74㎏に対して、14㎏オーバーの88㎏。

女性と違い、男性は腹式呼吸。

出ているお腹が、横隔膜の動きを妨げて窒息寸前にさせているのでした。

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だが、妻の至上命令には逆らえない!

で、楽にできる姿勢を考えた。

四つん這いや寝そべると、横隔膜はスムーズに動き、窒息しないし、疲れない。

その結果は、予想以上に早く綺麗に雑草を除く事ができまて、初志貫徹! 目標達成! 夫婦円満!

しかし、写真のように両腕が全治2週間のキズキズになってしまった。

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それ以来、体重を増やさないように赴任先での自炊の具材や、付き合いの飲み食いのメニューに気を付けていたのですが、横隔膜を持ち上げて肺を炎症気味にさせるくらい、内臓脂肪を付けてしまっていたのです。

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以前、暴飲暴食で体重を90kg越えにさせ、赴任先の定期健診で血圧が上で190オーバー、下が160オーバーとなって、急遽、日本で治療する為に帰国させられた経験が有るくせに、再び自己管理が出来ない無能さを自覚させられました。

(血圧は其の後、正常値に戻りましたが、1日1回の薬は飲み続けています。因みに血液は、その時も、今も、常にサラサラ状態です)

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受診に行った日(2017年4月26日)のレントゲン写真を見た医者先生が、

『あら、あらあら、ちょっとぉ~』

と、不安になるような事を言いながら、看護師に以前に撮ったレントゲン写真を持って来させて、バックライトボードに並べ翳して、見比べます。

以前のレントゲン写真の日付は、2015年5月11日。

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『心臓が傾いているね。横隔膜が上がって肺を圧迫しているわ。でね、肺が炎症気味で、ちょっと白いねぇ』

医者先生が説明するには、傾く心臓は心筋梗塞を誘発するし、圧迫で肺は、まだ炎症気味程度だけど、併発する肺の病気が心配だと、でも肺癌や肺繊癌や結核では無いし、気管支炎でも、咽喉癌でも無いそうだった。

横隔膜が上がった原因は、内臓に分厚く付いた脂肪層。

脂肪が増え続ければ、症状が悪化するし、現在の症状も内臓脂肪を減らさないと改善しないという診断が来た。

心臓麻痺でポックリも有り得るとの事で、結構ヤバイ状態だった!

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そして、ダイエットが必要と指摘された。

で、半年で95kgの体重を75kgまで落としたという義弟の意見を参考に炭水化物ダイエットを始めた。

とはいっても、炭水化物なんて範囲が広くて、省く物が良く分からない。

義弟が言うには、

『御飯、麺類、甘い物は食べない。肉類と魚類と野菜、それに果物はバクバク食う』

そうだ。

要は、植物の種を原料とした食べ物全てだ。

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毎晩の酒(ビール、大吟醸、ウイスキー、ブランデー、ワイン)は、付き合いが無い限り、飲まなくした。

それを実践して二週間、体重は2kg下がった。

更に妻が、

『食べるのは朝食と昼食のみよ。夜は食べないの。間食もダメ。チョコレートはやめなさい。 コーヒーに入れる角砂糖は1個だけ、粉ミルクもスプーン1杯までだからね』

と、念を押された。

妻のアドバイスも加えて更に2週間、体重は当初から5kg少なくなり、咳も稀になった。

自炊は豚バラ肉と玉葱などの野菜が主体で、肉は親指の爪くらいの大きさで調理して良く噛む。

そして4カ月後、体重は78kg代になった。

咳は全く出無くなり、体形もスマートになった。

でもまだ、運動が足りない。

工廠内の送迎車の停車位置からオフィスのディスクまで往復で約1km、4階のオフィスまでは階段の上り下り、というか、人が乗るエレベーターもエスカレーターも無い。

エレベーターが有る寮棟の5階の自室までも階段を使う。

時々はシェアサイクルで寮までの3kmを帰る。

エキスパンダーを40回にスクワットが30回で疲れてしまうが、もっと腹を凹ます為に、あと20回は増やしたいと思う。

バスタブには朝晩、潜るように浸かって発汗させている。

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目標の75kgは目前だ。

でも欲が出て来た今は、70kgまで軽くしたいと願っています。